忘れていたけれど、そんなフレーズが。
昨日インスタに上げた一冊の本
看護を語ることを推奨された川島みどり先生のご本でした。
ナラティブ
その言葉はもともとは精神・心理療法領域の言葉だったようです。
看護の科学社さんはちょっとマニアックな感じの看護月刊誌を出していました。
また川島みどり先生は看護の実践者として今も活躍されている、かあさんにとっても神な感じの方です。
今は癒し手てとしてもまだまだ現役されています。
看護をナラティブする。
そのことに意味があるなんてわからずに、今日はいい感じな対応ができた、やりがいがあったねなんて語ること、その場の雰囲気が上がるものでした。
こんな工夫してさあ、うまくいったのなんて言う話に、え〜どうしてそれをやったの、教えて、教えて、!!と
記録を書く手を止めても話せたときやみんなで一眼になってエマージェンシー対応した後などで、うまく行ったこと、改善のあることなどお疲れ様と言いながらも、次に向けて話していると
聞くとはなしにみんな参加しているものでした。
リアルな具体的なことを話していると、看護観の違いが明らかになったりしました。
いい、悪いではなく
様々な価値観を受け入れる、
お互いの考え方から刺激を受ける
似た考え方を持っているとわかると親近感や信頼感が増す。
そんな好循環が起こってくると紹介がありました。
どんな仕事でもナラティブすることは、自身への仕事に対する価値観を上げてくれるのかなと思います。
関連するのかわからないけれど、ふっと思い出した話
単調な作業だって取り組み方次第ではかなりなスキルアップになるって昔読んだのは何だったろう。
新入社員が毎日コピーしか取らせてもらえない。もっと仕事がしたいと言う相談だったかな?
その相談に
どんな内容のコピーですか?
ただ、コピーと言う作業なのか、そのコピーの内容は新入社員の立場では参加できない会議の資料だったりしませんか?
凄いチャンスですね。
たかがコピー、されどコピー
重症心身障害児者の看護師の大先輩に
高野さんと言う方の講義の中に
たかが看護、されど看護
という話を思い出しました。
その当時の施設看護は今のように医療機器も導入されていなかったし、超未熟児を育てるなんてまだまだの時代だったので、基本的な本当に基本的なスキルだけで仕事ができたんです。
重症心身障害児に高度な医療はいらないと言う考えもあったかもしれません。
つまりバイタルチェックして、日常生活の援助。つまり誰にでもできる簡単な業務。支援する人なら職種はとらわれないようにも一見は見えたりします。
だからたかだかその程度のこととも言えるけどね
そこに看護ならではの観察力、根拠を持った看護を見いだせるかは
あなたがた次第ですよ。
だからされど看護。
言葉として訴えることの少ない、重症心身障害児達から何をすくい上げるのか?
ただ介助される人で一生を送らせるのか?
人として、生きていてよかったと本人も家族も思える為の看護とは
やりたいことをやり、好きなことを見つけ、楽しむことができる時間を考え、
そのために普段から元気に健康で過ごす。だからこそ、日常の関わりから細かな変化を観察し、判断する。
看護の力が発揮される
されど看護の話をする
例えばね、ラウンドするでしょ、そうするといつもと何かが違うなって、五感をフル活動させて観察するよね、そうすると、あの方のあの時は調子が崩れる前兆なんだと
事例を出してナラティブする
他にもない?誰かのこういう前兆的なこと。支援さんも巻き込んで話す。
いい気づきが出ると、自然に拍手や賛同の声が上がるものでした。
30年以上勤めた重症心身障害児者施設
沢山、ナラティブしたことがありましたね。
ナラティブの効果は
看護だけではなく、介護の世界にも必ず良い効果が出ますよ。
話を聞くときにコーチングスキルや勇気づけを自然にみなさんが使えたら、働きたい職場になりそうでしょ。
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